宗次郎は、いつもの(※6)鳥屋に入り、火に当たりながらうとうとしていると、何とはなしにうさん臭い気配を感じた。
「ははあ、今夜はちと様子が変じゃな」と思いながらも努めて眠い目を緊張させ、前方を注視していた。
するとそこへ一人の美しい女が現れて、微笑をたたえ、糸車を挽いている。そして訳はわからんが、いい声で歌っている。そけはかれこれ十五、六間もあろうと思う方角であった。「これはしたり、はてどうしたものか」
長い間、深山にわけ入り幽谷を渡って、山には十分慣れていた宗次郎も、これまでであった事のない怪奇な今夜の有り様。
「なんたろことじゃ。」「こうなりゃ一発ぶっぱなそうかい。」やがて、スドーンと一発。女の顔を撃ち抜いたであろうと、銃口の煙の散る間からのぞいて見ると、何のことはない、笑顔をたたえた美しい顔と歌と糸車の響きは、元のままだった。
「こりゃしもうたぞ。」と、手早く装填して次から次へと撃ちまくったが、なんと、女の姿はまったく元のまんま。
宗次郎は今はこれまでと覚悟を決め、最後の一発を用意し、胸の動悸を抑えつつ、ねらいすましてぶっ放した。
この時早く、女は宙を飛んで宗次郎に飛び掛かり、鉄砲を取ると、バギーっと二つに折って宗次郎の前に投げ出し、また煙のようにもとの座に戻ると、何事もなかったように歌い糸車を回した。
宗次郎は全身の毛が逆立ち、足は地につかず、折られた二へらの鉄砲をひったくるや、無我夢中の内に、明け方近き頃家に帰り着いた。
衣は破れて(※7)弊のごとくなり、手といわず足といわず顔といわず荊(いばら)にかかり岩角に当てて、そこも血の滴り、此処も血の滴り、それでも命だけは何とか助かった。
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